東京地方裁判所 昭和60年(ワ)10648号 判決
原告
X
右訴訟代理人弁護士
東谷隆夫
被告
Y1
右法定代理人親権者父
Y1父
右法定代理人親権者母
Y1母
被告
Y2
右訴訟代理人弁護士
長島佑享
同
香川實
右訴訟復代理人弁護士
満木祐子
被告
大東京火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
塩川嘉彦
右訴訟代理人弁護士
春山進
主文
一 被告Y2は、原告に対し、二二〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告大東京火災海上保険株式会社は、原告に対し、二〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告の被告大東京火災海上保険株式会社に対するその余の請求及び被告Y1に対する請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、原告と被告Y2、同大東京火災海上保険株式会社との間に生じたものは右被告両名の負担とし、原告と被告Y1との間に生じたものは原告の負担とする。
五 この判決は、主文第一、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告に対し、二二〇〇万円及びこれに対する被告Y1(以下「Y1」という。)は昭和六〇年九月一七日から、被告Y2(以下「被告Y2」という。)、同大東京火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)は昭和六〇年九月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日 時 昭和六〇年一月七日午前一時三六分ころ
(二) 場 所 太田市大字下浜田一〇八六番地先路上
(三) 事故車両 普通乗用自動車(熊谷五五も九七〇)
右運転者 被告Y1
右同乗者 訴外亡A(以下「亡A」という。)
(四) 事故態様 事故車両が、飯田町方面から下浜田方面に向かつて走行中、運転を誤り、道路左側のコンクリート製電柱に激突し、亡Aが、頭蓋骨粉砕骨折、脳挫創により即死した。
(右事故を以下「本件事故」という。)
2 身分関係
原告は、亡Aの実母であり、本件事故による亡Aの損害賠償請求権を相続取得した。
3 責任原因
(一) 被告Y1、同Y2は、事故車両の保有者であり、これを自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。
(二) 被告会社は、被告Y2との間で、事故車両を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)契約(以下「本件保険契約」という。)を締結しているから、自賠法第一六条の規定に基づき、本件事故による損害賠償額の支払をなすべき義務がある。
4 損害
(一) 逸失利益 二七四〇万一五七七円
亡Aは、本件事故当時満一八歳で、群馬県伊勢崎市立女子高等学校に在学中であり、本件事故により死亡しなければ、高等学校卒業の満一九歳から満六七歳まで、昭和五八年賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、女子労働者、旧中・新高卒、全年齢平均給与額である年額二一五万四五〇〇円を下らない額の収入を得られたはずであるから、生活費として三割を控除したうえ、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、亡Aの逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は二七四〇万一五七七円となる。
215万4500×0.7×18.169=2740万1577
(二) 慰藉料 一四〇〇万円
亡Aは、満一八歳で死亡したが、前途有為な女性であったことを考慮すると、亡Aの被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、一四〇〇万円が相当である。
(三) 葬儀費用 九〇万円
原告は、亡Aの葬儀に九〇万円を支出した。
(四) 弁護士費用 二〇〇万円
原告は、被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、弁護士費用として二〇〇万円を支払う旨約した。
5 よつて、原告は、被告ら各自に対し、右損害合計四四三〇万一五七七円のうち二二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である被告Y1については昭和六〇年九月一七日から、被告Y2及び被告会社については昭和六〇年九月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 被告Y1
(一) 請求原因1の事実は、事故発生の時刻を除き認める。事故発生の時刻は午後一一時三〇分ころであつた。
(二) 同2の事実中、原告が亡Aの実母であることは認める。
(三) 同3の(一)の事実中、被告Y1が事故車両の保有者であることは争う。
同3の(二)の事実中、本件保険契約締結の事実は認める。
(四) 同4の各事実は、いずれも不知。
(五) 同5の主張は争う。
2 被告Y2
(一) 請求原因1の事実中、(四)の事故態様は不知、その余は認める。
(二) 同2の事実中、原告が亡Aの実母であることは認める。
(三) 同3の(一)の事実中、被告Y2が事故車両の保有者であることは認めるが、その余は否認し、被告Y2の責任は争う。
(四) 同4の(一)の事実は、否認ないし不知。
同4の(二)の事実は、否認する。
同4の(三)及び(四)の各事実は、いずれも不知。
(五) 同5の主張は争う。
3 被告会社
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二) 同2の事実中、原告が亡Aの実母であることは認める。
(三) 同3の(一)の事実中、被告Y2が事故車両の保有者であることは認めるが、その余は否認する。被告Y1は、事故車両の運転者である。
(四) 同4の各事実は、いずれも不知。
(五) 同5の主張は争う。
三 抗弁及び被告らの主張
1 被告Y1
被告Y1と原告との間には、昭和六〇年三月一四日、原告側からは弁護士が代理人として交渉にあたつたうえ、次のとおりの示談契約(以下「本件示談契約」という。)が成立し、被告Y1は、これによる示談金の支払を完了しているから、被告Y1には、もはや支払義務はない。
(一) 強制保険金は、原告が被害者請求手続をして受領することとし、これに関し被告Y1は何らの請求をしない。
(二) 右保険金のほか、被告Y1は原告に対し、金四一万円の支払義務あることを認め、本日右金員全額を支払い、原告はこれを受領した。
(三) 以上により、本件事故に関し、互に何らの債権債務のないことを確認する。
2 被告Y2
(一) 本件事故発生に至つた経緯は、次のとおりである。
(1) 被告Y2は、昭和五九年八月ころからガソリンスタンドに勤務し、将来は自動車の整備士を目指しているが、昭和五七年に、当時未成年であつたため、父名義で事故車両を購入し、その月賦代金は自分で支払つていた。
(2) 被告Y2は、昭和五九年六月ころ、亡Aと知り合つたが、亡Aは、当時、高等学校に在籍していたものの、登校拒否による怠学中であり、喫茶店やスナックでアルバイトをしていた。
(3) 被告Y2は、亡Aと週に一、二回会つて交際を続けていたが、昭和六〇年一月六日、亡Aから電話で呼び出され、亡Aとその妹の訴外B(以下「B」という。)及びBの友人である被告Y1らと一日を過ごしたが、当時、亡Aは、自宅に帰ると矯正施設に入れられてしまうと言つて外泊をし、自宅に帰らないことが多かつたため、同日、午後一一時ころ、被告Y2、亡A、B、被告Y1の四名で太田市内のモーテルに入つた。
(4) ところが、翌一月七日午前零時ころ、Bが全身に蕁麻疹ができたため、被告Y2は、事故車両にBと亡Aを同乗させ、医者を捜しに出かけたが、その途中、被告Y2が、急な腹痛を起こしたため、太田市内のスーパー「セブンイレブン」前に駐車して同店内の便所を借りた。
(5) Bも同店で病院の場所を尋ねるため下車すると、亡Aは、その隙に勝手に事故車両を運転して乗り出してしまつた。亡Aは、昭和五九年一〇月ころから自動車の教習所に通つていたが、免許の取得前であり、運転技術も稚拙であつた。
(6) 亡Aは、モーテルに戻ると、眠つていた被告Y1を起こし、運転免許を有しない被告Y1に、事故車両を運転して前記「セブンイレブン」に行くよう指示し、自分は事故車両の助手席に乗り込み、被告Y1に事故車両を運転させ、「セブンイレブン」に向かつた。
(7) その途中、被告Y1が、一方通行路を逆行してしまい、パトロールカーの追跡を受け、猛スピードで逃走中、運転操作を誤り、自損事故を引き起こし、助手席の亡Aが死亡するに至つた。
(二) 以上の経緯からみると、被告Y2は、事故車両の運行供用者に当たらず、また、亡Aは、自賠法第三条にいう「他人」には該当しないものというべきである。
3 被告会社
(一) 次に述べるとおり、亡Aの本件事故発生時の事故車両の具体的運行についての支配の程度、態様は、事故車両所有者である被告Y2のそれに比し、直接的、顕在的、具体的であつたから、亡Aは、被告Y2に対し、自賠法第三条にいう「他人」に該当しないし、仮に該当するとしても「他人」であることを主張することは許されないというべきである。
したがつて、被告Y2には、亡Aの死亡によつて生じた損害を賠償する責任はないから、右責任を前提とする被告会社に対する請求は理由がない。
(1) すなわち、交通事故の被害者が自賠責保険に対し、自賠法第一六条の規定に基づき、損害賠償の支払を直接請求できるためには、その前提として、同法第三条により保有者に損害賠償責任が発生していることが必要であり、そして、保有者が同法第三条により損害賠償責任を負うのは、その自動車の運行によつて「他人」の生命又は身体を害したときであり、この「他人」とは、運行供用者、運転者、運転補助者を除くそれ以外の者と解される。
したがつて、交通事故の被害者は、原則として、運行供用者に対して損害賠償請求ができるが、もし、被害者が事故の原因となつた具体的運行に直接関与している場合(その運行に関与し、社会通念上本来の運行供用者と別に共同運行供用者とみられるような場合、つまり、被害者がむしろ加害者の側に立つものとみられる場合を含む)には、公平の観点から、損害賠償責任の発生を認めないのが相当であり、自賠責保険もかかる者に対する救済を予定していないと解すべきである。
(2) ところで、事故車両は、被告Y2の所有するものであるが、被告Y2は、本件事故発生日の前夜である昭和六〇年一月六日夜、亡A、B及び右両名の友人である被告Y1とビール六本程飲酒したのち、モーテル「香奈山」に同宿したが、Bが身体の痒みを訴えたため、被告Y1を残して事故車両にB、亡Aを同乗させて病院に出かけ、結局、深夜のため診療を受けられず、モーテルに帰る途中、用便のため、本件事故現場近くの「セブンイレブン」に立ち寄つた。そこで、被告Y2は事故車両を離れて便所へ行き、Bは同店内で本を立ち読みするなどし、亡Aのみが事故車両に残つた。その間に、亡Aは、仮免許しか有しない無免許であるにもかかわらず、被告Y2に無断で事故車両を乗り出し、被告Y1を前記モーテルまで迎えに行き、被告Y1がモーテルから出てくると、自分は運転するのが嫌だからと言つて被告Y1に事故車両を運転させて、前記「セブンイレブン」に戻る途中、パトロールカーに遭遇したため、被告Y1は、自己の無免許と飲酒運転の発覚を恐れて逃走し、無謀運転により本件事故を発生させたものである。
(3) したがつて、右状況から明らかなとおり、亡Aは、本件事故当時には自らは運転せず、被告Y1に運転させていたものの、そもそも事故車両の乗り出しは、保有者たる被告Y2に無断で、同人の支配を排除し、亡Aの独断で行われたものであつて、その運行支配はまさに直接的である。
しかも、亡Aは、その直後、すなわち、自らの運転行為に連続して、かつ、自らの要請に基づき、被告Y1に事故車両の運転をなさしめたものであり、その具体的運行に対する支配の程度、態様は、保有者たる被告Y2に比し、直接的、顕在的、かつ具体的である。
よつて、このような立場にある亡Aは、被告Y2に対し、自賠法第三条にいう「他人」には該当しないものとするのが相当である。
(4) 仮に、亡Aが「他人」に該当するとしても、被告Y2の事故車両に対する運行支配は、自己が一時事故車両から離れ、その支配が希薄化したとき、亡Aの無断乗り出しという被告Y2の支配を排除する形での直接的支配により奪われたものであるから、亡Aの事故車両の運行支配に比べれば、間接的、潜在的、抽象的で、その支配は極めて希薄なものである。
このような場合においては、亡Aは被告Y2に対し、自賠法第三条の「他人」であることを主張することは許されないものと解すべきである。
(5) よつて、いずれにしても、被告Y2には、自賠法第三条による亡Aの死亡損害に対する賠償責任は発生していないから、これを前提とする原告の被告会社に対する請求は理由がない。
(二) 原告は、被告Y1も事故車両の保有者であると主張するが、前記のとおり、被告Y1は、亡Aに運転を依頼され、その指図に従つて事故車両を運転していたにすぎないから、被告Y1は、単なる運転者にすぎず、保有者には当たらない。
すなわち、自賠法第二条によれば、「保有者」とは、「自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者で、自己のために自動車を運行の用に供するものをいう」とされるから、被告Y1が、事故車両の保有者であるためには、事故車両の使用権限を有していなければならない。
ところが、事故車両の所有者は、被告Y2の父である訴外Cであり、被告Y2が右Cの許諾を得て使用していたものであるが、被告Y1に事故車両の運転を依頼した亡Aは、そもそも事故車両を本件事故現場近くの「セブンイレブン」から乗り出すについて被告Y2の承諾を得ていない無断運転者であり、被告Y1は、無断運転者である亡Aの依頼により事故車両を運転したにすぎないものである。
したがつて、被告Y1は、事故車両の使用権限を有していなかつたものである。
よつて、被告Y1は、その運行供用者性を論じるまでもなく、自賠法第一六条の保有者に当たらない。
そして、仮に、被告Y1にも、運行支配が存するとしても、前記のとおり、被告Y1の運転は、亡Aの依頼の下に、常時助手席に同乗する亡Aの監督の下に行われたものであり、かつ、被告Y1は、飲酒後の無免許という状態であつて、運転先も、被告Y1が一旦同行を拒否したBの診療のための外出行為を迎えに行くというものであつて、被告Y1にとつて、全く運行利益のないものであつた。
したがつて、被告Y1の運転は、全体として評価すれば、亡Aのための運転というべきであつて、仮に、被告Y1にも運行支配が存するとしても、亡Aに比し、被告Y1の運行支配は極めて希薄なものである。
よつて、亡Aは、被告Y1に対し、被告Y2に対する関係よりも一層強い理由により、自賠法第三条の「他人」に該当しないか、「他人」であることを主張することは許されないものというべきである。
四 抗弁及び被告らの主張に対する原告の認否及び反論
1 抗弁及び被告らの主張1のうち、被告Y1主張のとおり本件示談契約が成立したこと、右示談契約は、原告の代理人として弁護士が被告Y1らと交渉して成立したものであることは認めるが、その余は争う。
2 同2のうち、亡Aが自賠法第三条にいう「他人」に該当しないことは否認する。
3(一) 同3の(一)のうち、亡Aの本件事故発生時の事故車両の具体的運行についての支配の程度、態様が、事故車両所有者である被告Y2のそれに比し、直接的、顕在的、具体的であったこと、亡Aが、被告Y2に対し、自賠法第三条にいう「他人」に該当しないこと、亡Aが、被告Y2に対し、自賠法第三条にいう「他人」であることを主張することは許されないことは、いずれも否認し争う。
(二) 同3の(二)のうち、被告Y1が、亡Aの指図に従つて事故車両を運転していたにすぎないこと、亡Aが、被告Y1に対し、自賠法第三条の「他人」に該当しないこと、及び「他人」であることを主張することは許されないことは、いずれも否認し争う。
4 本件事故発生に至つた経緯は、次のとおりである。
(一) 昭和六〇年一月六日午後四時ころ、亡A、B、亡Aの友人である訴外D(以下「D」という。)の三名が、太田駅近辺で時間を潰し、午後七時ころ、被告Y2が事故車両を運転して右三名を迎えに来た。
(二) 右三名が被告Y2運転の事故車両に同乗後、被告Y1も仲間に入れることになり、被告Y1宅に寄り、被告Y1も事故車両に同乗してスナック「泉」に赴き、ジュース、ビールなどを飲んだ。
(三) 右五名は、スナック「泉」を午後一〇時ころ出て、被告Y2運転の事故車両に乗車し、Dを自宅まで送り届けたのち、同日午後一一時ころ、亡A、B、被告Y2、同Y1の四名で、太田市内のホテル「香奈山」に投宿し、その宿泊料金は、被告Y2が支払つた。
(四) ところが、右ホテル「香奈山」において、Bの背中に湿疹ができたため、被告Y1を残して亡A、B、被告Y2の三名で「藤阿久病院」に出かけることになり、被告Y2運転の事故車両で出発した。
(五) そして、Bは「藤阿久病院」が休業していたため診察を受けられなかつたが、今度は被告Y2が腹痛を訴えたため、「セブンイレブン」に入つた。
被告Y2が「セブンイレブン」で用便中、亡Aは、被告Y1を迎えに行くため、事故車両を運転してホテル「香奈山」に出発した。
被告Y2とBは、亡Aが事故車両を運転してホテル「香奈山」に被告Y1を迎えに行つたことを知つていたので、「セブンイレブン」内において、亡Aと被告Y1が戻つて来るのを待つていた。
(六) 亡Aは、事故車両を運転してホテル「香奈山」に到着後、被告Y1と運転を交替し、被告Y1が亡Aを助手席に同乗させて、被告Y2らと合流するため、「セブンイレブン」に向かつて出発した。
(七) 被告Y1は、事故車両を運転して太田市東本町二八−一〇先に差しかかつたところ、右道路は、一方通行道路であるにもかかわらず、これを無視して走行し、折から対向車として通りかかつた太田警察署中島勉巡査運転のパトロールカーに発見され、停止を命ぜられたが、これを無視して走行した。
そのため、パトロールカーは、追尾のためUターンしたところ、被告Y1は、群馬銀行中央支店前交差点の赤色信号を無視して右折し、国道四〇七号線を南進して高林方面に逃走し、さらに南進を続け、カスミストア前の交差点の赤色信号を無視して右折し、市道竜舞藤阿久線(通称太田バイパス)を走行中、太田市大字下浜田一〇八六番地先の道路左側のコンクリート製電柱に事故車両左側を衝突させ、亡Aを死亡させるに至つた。
5 亡Aの他人性について
右の本件事故発生までの経緯からも明らかなとおり、被告Y2は、その運転の事故車両で亡A、Bを太田駅まで迎えに来ており、また、その後、事故車両で被告Y1宅まで同被告を迎えに行つており、さらには、ホテル「香奈山」の宿泊料金を被告Y2が支払うなど、被告Y2は、本件事故発生までグループの統率者として行動しているうえ、ホテル「香奈山」投宿後、Bの湿疹のため、一旦被告Y1を一人だけにしたが、被告Y1の住所とホテル「香奈山」との距離を考えれば、被告Y1を迎えに行くことが当然予定されていたのであつて、亡Aは、被告Y2のために被告Y1を迎えに行つたにすぎず、運行供用者には当たらないものである。
しかも、本件事故発生当時は、亡Aは、事故車両を運転しておらず、単なる同乗者にすぎなかつたものであり、事故の原因となつた被告Y1の具体的運行にも直接関与していなかつたのであるから、被告Y2に対する関係で、自賠法第三条にいう「他人」に該当するというべきである。
6 被告Y1の保有者性について
被告Y2は、亡Aの事故車両の運転について、黙示の許諾又は追認による許諾を与えたとみるべきである。
すなわち、被告Y2は、「セブンイレブン」内の便所から出てきて、事故車両がなくなつているのに気付き、Bに事情を尋ねた際、Bから亡Aが乗つていつた旨聞かされたので、「セブンイレブン」内で本を読んで亡Aが戻つて来るのを待つていたのであり、このような点からみると、被告Y2は、亡Aの事故車両の運転目的を知つていたもので、亡Aが「セブンイレブン」に戻つて来ることを当然のこととして、その帰りを待つていたものであつて、亡Aによる短時間内の運転について、黙示の許諾又は追認による許諾を与えたものである。
したがつて、亡Aは、いわゆる無断運転者には当たらないところ、被告Y1は、このように事故車両の正当な使用権限を有する亡Aから事故車両を借り受けた転借人であるから、被告Y1もまた事故車両について正当な使用権限を有する者というべきであり、しかも、被告Y1の事故車両の運転目的は、被告Y2らと合流することにあつたのであるから、被告Y1が自賠法第一六条にいう保有者に当たることは明らかである。
そのうえ、被告Y1は、亡Aと運転を交替し、自らの意思で事故車両の運転をはじめたのであるが、一方通行道路であるにもかかわらず、これを無視して走行し、巡回中のパトロールカーに発見されたため、飲酒・無免許運転の発覚をおそれ、群馬銀行中央支店前交差点の赤色信号を無視して右折し、さらに、カスミストア前の交差点の赤色信号も無視して右折して、逃走を続け、その間、被告Y1は、赤色回転燈を点燈しサイレンを吹鳴して追走してくるパトロールカーを現認しながら、最高速度が四〇キロメートル毎時に制限されている道路を時速約一〇〇キロメートルで逃走を読けたものであつて、被告Y1は、被告Y2らと合流する目的で、かつ、事故車両運転の殆どの距離を飲酒・無免許運転の発覚を免れようとして、事故車両を運転していたものであるから、運行利益は、被告Y1に帰属することが明らかである。
そして、被告Y1、亡Aともに無免許であり、亡Aが被告Y1の運転を監督できる立場になかつたことも明らかであつて、亡Aは、被告Y1が右のような暴走行為を継続していたため、これを阻止することができなかつたのである。
したがつて、被告Y1は、自賠法第二条にいう「運転者」ではなく、同法第三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」に当たり、亡Aは、単なる同乗者にすぎないものである。
このように、事故車両の保有者である被告Y1について、自賠法第三条の運行供用者としての責任が発生しているのであるから、被告会社は、自賠法第一六条の規定に基づき、損害賠償額の支払をなすべき義務があることが明らかである。
なお、仮に、亡Aが被告Y1と共同運行供用者に当たるとしても、亡Aの運行支配の程度、態様は、被告Y1のそれよりは間接的、潜在的、抽象的であつたのに対し、被告Y1のそれは、より直接的、顕在的、具体的であつたことは、右の被告Y1の具体的運行の状況からみて明らかであるから、亡Aは、被告Y1に対し、自賠法第三条にいう「他人」に当たるものというべきである。
五 再抗弁
原告は、被告Y1と本件示談契約を、自賠責保険金二〇〇〇万円が支払われることを前提として締結したものである。
すなわち、本件示談契約は、その交渉過程において、亡Aが自賠法第三条に定める「他人」に該当しないとの理由で自賠責保険金の支払が拒否されることはあり得ないこととして話し合いが行われたものであり、そのため、原告は右示談契約を締結したものであつて、本件示談契約は、その要素に錯誤があり、無効というべきである。
六 再抗弁に対する認否(被告Y1)
本件示談契約が、自賠責保険金二〇〇〇万円が支払われることを前提として話し合われ締結されたものであることは否認する。
本件示談契約は、その交渉過程において、自賠責保険金の支払が拒否されることもあり得ることとして話し合われたものであつて、原告には、右和解の内容に対する錯誤等は全く存在していない。
したがつて、仮に、自賠責保険金の支払がなされなかつたとしても、被告Y1には、もはや支払義務はない。
第三 証拠〈省略〉
理由
一請求原因1(事故の発生)の事実は、原告と被告会社との間において争いがなく、原告と被告Y1との間においては事故発生の時刻を除き、また、原告と被告Y2との間においては事故態様を除き、いずれも争いがない。
そして、〈証拠〉によれば、本件事故発生の時刻は昭和六〇年一月七日午前一時三六分ころであること、本件事故の態様は請求原因1の(四)のとおりであることが認められ、右認定に反する証拠はない。
二次に、本件事故発生に至つた経緯について判断する。
〈証拠〉を総合すると、以下の事実が認められる。
1 被告Y2(昭和三九年八月四日生)は、本件事故当時、ガソリンスタンドに勤務し、事故車両を所有して、平素からこれを自己のため運転し使用していたこと、亡A(昭和四一年五月六日生)は、当時、群馬県伊勢崎市立女子高等学校三年に在籍していたこと、被告Y2と亡Aは、昭和五九年夏ころ知り合い、以後交際を続けていたこと、
2 被告Y1(昭和四二年五月一七日生)は、本件事故当時、工員をしていたこと、被告Y1と亡A及びその妹のB(昭和四二年一一月三〇日生)は、昭和五九年一二月三一日に知り合い、以後被告Y1と亡Aは、数回飲食を共にするなどして交際していたこと、
3 昭和六〇年一月六日午後四時過ぎころ、亡A、B及び亡Aの友人であるD(昭和四一年一一月二九日生)の三名は、連れ立つて外出し、太田駅近辺に赴いたが、亡Aが被告Y2と同日午後七時に太田駅南口で待ち合わせの約束があつたため、デパートに立ち寄るなどしたのち、同日午後七時ころ、太田駅南口に来たところ、被告Y2が事故車両を運転して来たため、亡A、B及びDの三名は被告Y2運転の事故車両に同乗したこと、
4 その後、亡Aが被告Y1に用事がある旨言い出したことから、被告Y2運転の事故車両は、群馬県○○郡××町所在の被告Y1宅に立ち寄つたこと、被告Y2と被告Y1は、それまで面識がなかつたが、亡Aの発案により、右五名で共に飲食することになり、被告Y1も事故車両に同乗して、同日午後八時三〇分ころ、スナック「泉」に赴き、右五名は、ビール、ジュースなどを飲食したこと、
5 右五名は、同日午後一〇時過ぎころ、右スナック「泉」を出て、被告Y2運転の事故車両に乗車し、Dを同県○△郡△×町所在の同女の自宅まで送り届けたのち、同日午後一一時三〇分ころ、亡A、B、被告Y2、同Y1の四名で、太田市大字太田所在のモーテル「香奈山」に投宿し、その宿泊料金を被告Y2が支払い、右四名は、しばらく同モーテルの一室で話をしたのち、亡Aと被告Y1が一階の一室に、被告Y2とBが二階の一室にそれぞれ入つたこと、
6 ところが、しばらくしてBの背中に湿疹ができたため、医師の診察を受けるべく、翌七日午前一時ころ、被告Y2、亡A、Bの三名は、同モーテルに被告Y1を残し、被告Y2運転の事故車両で太田市藤阿久所在の「藤阿久病院」に赴いたが、深夜であつたため同病院で診察を受けられなかつたこと、
7 そのうち、被告Y2が腹痛を訴えたため、同病院の近くにある太田市大字下浜田所在の「セブンイレブン」で便所を借りることとし、被告Y2は、事故車両を同店前にエンジンをかけたまま駐車させ、降車して同店内の便所に入り、Bも降車して同店の店員に深夜でも診察してもらえる病院を尋ねていたところ、車内に残つていた亡Aは、被告Y1を迎えに行くため、事故車両を運転してモーテル「香奈山」に出発したこと、亡Aは、当時、自動車教習所に通つており、仮免許を有していたが、運転免許は有していなかつたこと、被告Y2は、亡Aが事故車両を運転して行つたことを知つたのち、「セブンイレブン」内において、Bとともに本を立ち読みするなどして、亡Aが戻つて来るのを待つていたこと、
8 亡Aは、事故車両を運転して、同日午前一時二〇分ないし二五分ころモーテル「香奈山」に到着し、被告Y1とともに「セブンイレブン」に戻るべく、被告Y1に運転を依頼したこと、被告Y1は運転免許を有していなかつたが、事故車両を運転し、亡Aを助手席に同乗させて、被告Y2らと合流するため、「セブンイレブン」に向かつて出発したこと、
9 被告Y1は、事故車両を運転して太田市東本町二八−一〇先に差しかかつた際、一方通行道路を逆行し、折から対向車として通りかかつた太田警察署司法巡査中島勉運転のパトロールカーに発見され、停止を命ぜられたが、自己の飲酒運転及び無免許運転が発覚するのを恐れ、速度を上げて逃走したところ、右パトロールカーが追跡してきたため、群馬銀行中央支店前交差点の赤色信号を無視して右折し、国道四〇七号線を南進し、逃走しながら「セブンイレブン」に行くべく、カスミストア前の交差点の赤色信号を無視して右折し、市道竜舞藤阿久線(通称太田バイパス)を時速約一〇〇キロメートルの速度で走行中、速度の出し過ぎのため運転を誤り、「セブンイレブン」まであと一〇〇ないし一五〇メートルの地点である太田市大字下浜田一〇八六番地先の道路左側のコンクリート製電柱に事故車両左側を衝突させ、亡Aを死亡させるに至つたこと、
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
三続いて、被告Y2の責任について判断する。
1 被告Y2が事故車両の保有者であることは、原告と被告Y2及び被告会社の間において争いがなく、これに前記二に認定した本件事故発生に至つた経緯、殊に、被告Y2と亡Aとの平素の交友関係、亡Aが事故車両を乗り出した目的等に照らすと、被告Y2は、本件事故当時、いまだ事故車両に対する運行支配を失つてはいなかつたものと認められるから、被告Y2は、本件事故当時、事故車両を自己のため運行の用に供していた者であると認めるのが相当である。
したがつて、被告Y2は、亡Aが自賠法第三条の「他人」に当たらず、あるいは「他人」に当たることを主張することが許されない場合でない限り、事故車両の運行供用者として、亡Aの死亡による損害を賠償すべき責任があるものというべきである。
2 そこで、亡Aが、被告Y2に対する関係で、自賠法第三条にいわゆる「他人」に当たるか否か、また、「他人」に当たることを主張することが許されるか否かの点について判断する。
(一) 前記二に認定した本件事故発生に至つた経緯からみると、亡Aは、本件事故当時、被告Y1運転の事故車両の助手席に同乗していたにすぎないとはいえ、被告Y2に無断で事故車両を乗り出し、被告Y1を「セブンイレブン」にいる被告Y2、Bらと合流させるという自己の目的のため、モーテル「香奈山」に赴き、被告Y1を連れ出して、同被告に事故車両の運転を依頼し、自らは助手席に同乗していたというのであるから、亡Aもまた、事故車両の運行につき、運行支配、運行利益を有していたと認めるのが相当であり、被告Y2と亡Aとは、いわゆる共同運行供用者の関係にあるものというべきである。
(二) しかしながら、いわゆる共同運行供用者の一人が交通事故の被害者となつた場合、被害者が共同運行供用者の一人であることから、当然に他の共同運行供用者に対する関係で、自賠法第三条にいう「他人」に当たらず、あるいは「他人」に当たることを主張することが許されないものと解するのは相当でなく、このような場合、各共同運行供用者の事故車両に対する平素の及び事故当時の運行支配、運行利益の程度、態様、被害者が共同運行供用者とされるに至つた経緯等の諸般の事情を総合勘案し、被害者の事故車両に対する運行支配、運行利益の程度、態様が、他の共同運行供用者のそれと比較して、特に直接的、顕在的、具体的であるなどの事情が認められない限り、被害者は、他の共同運行供用者に対して、自己が自賠法第三条にいわゆる「他人」に当たり、また、「他人」に当たることを主張することが許されるものと解するのが相当である。
(三) そして、これを本件についてみると、前記二に認定した本件事故発生に至つた経緯、なかんずく、被告Y2は、亡Aに事故車両を無断で乗り出されたとはいえ、被告Y2と亡Aとは平素から交友関係のある友人であること、事故車両は、平素専ら被告Y2がこれを所有し使用していたもので、本件事故の前日から当日にかけての使用状況も、被告Y2は、事故車両を運転して、亡Aとの待ち合わせの場所に赴き、亡A、B、Dらを同乗させ、次いで被告Y1をも同乗させて、スナック「泉」に赴き、その後、Dをその自宅まで送り届けたのち、四名でモーテル「香奈山」に投宿し、さらにBに医師の診察を受けさせるため、「藤阿久病院」に赴き、その際、用便のため「セブンイレブン」に立ち寄るまでの間、専ら自己が事故車両を運転してこれを使用していたことに加えて、亡Aの乗り出しは、左程の時間を要しないモーテル「香奈山」まで、その日行動を共にしていた被告Y1を迎えに行き、被告Y2らのいる「セブンイレブン」へ被告Y1を連れて来るというもので、このような亡Aの無断乗り出しによつては、被告Y2の事故車両に対する運行支配がそれ程侵害されたとはみられないのみならず、本件事故当時、亡Aは、被告Y1運転の事故車両の助手席に同乗していたのであるが、亡Aと被告Y1とは、上下関係のない単なる友人関係であつて、亡Aが、特に被告Y1を指揮、監督するような身分関係や社会的地位にあつたものではないうえ、被告Y1は、自らの飲酒・無免許運転の発覚を恐れるあまり、パトロールカーの追跡を逃れるべく、信号無視を重ねながら高速度で走行していたもので、このような状況のもとでは、亡Aが事故車両の運行について具体的かつ強力な支配を有していたとも解されないことなどの諸事情を総合勘察すると、本件においては、亡Aの事故車両に対する運行支配、運行利益が、被告Y2のそれと比較して、直接的、顕在的、具体的であつたと認めることはできないから、亡Aは、被告Y2に対する関係で、自賠法第三条にいわゆる「他人」に当たるものと解するのが相当というべきであり、また、右に摘示した事実関係のもとにおいては、亡Aが被告Y2に対し、自賠法第三条にいわゆる「他人」に当たることを主張することが許されないものとも認めることはできない。
3 したがつて、被告Y2は、自賠法第三条の規定に基づき、亡Aの死亡による損害を賠償すべき責任があるものというべきである。
四進んで、被告会社の責任について判断する。
〈証拠〉によれば、被告会社は、事故車両につき、本件事故発生日を保険期間内とする自賠責保険契約を締結していることが認められ、右認定に反する証拠はない。
そして、本件事故については、被告Y2が、事故車両の保有者かつ運行供用者として、亡Aの死亡による損害を賠償する責任があることは前示のとおりであるから、被告会社は、自賠法第一六条の規定に基づき、亡Aの死亡による損害賠償額の支払義務があるものというべきである。
五ここで、損害について判断する。
1 逸失利益 二七四〇万一一二四円
〈証拠〉によれば、亡Aは、昭和四一年五月六日生の女子で、本件事故当時満一八歳であり、群馬県伊勢崎市立女子高等学校三年に在学中であつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右の事実によれば、亡Aは、本件事故により死亡しなければ、高等学校卒業の満一八歳から満六七歳まで、昭和五八年賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、女子労働者、旧中・新高卒、全年齢平均給与額である年額二一五万四五〇〇円を下らない額の収入を得られたはずであるから、生活費として三割を控除したうえ、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、亡Aの死亡時における逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は二七四〇万一一二四円(一円未満切捨)となる。
215万4500×0.7×18.1687=2740万1124
2 慰藉料 一二〇〇万円
前示の亡Aの年齢、本件事故発生に至つた経緯、その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、亡Aの被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、一二〇〇万円をもつて相当と認める。
3 相続
原告が亡Aの実母であることは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、原告は、亡Aを単独で相続したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
したがつて、右逸失利益及び慰藉料に対する原告の相続取得額は、合計三九四〇万一一二四円となる。
4 葬儀費用 九〇万円
〈証拠〉によれば、原告は、亡Aの葬儀、墓碑建立、仏壇購入のため、九〇万円を超える金額を支出したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないところ、亡Aの年齢その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のあるこれらの葬儀関係費用としては、九〇万円をもつて相当と認める。
5 弁護士費用 一五〇万円
〈証拠〉によれば、原告は、被告Y2及び被告会社から損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、弁護士費用として二〇〇万円を支払う旨約したことが認められるところ、本件訴訟の難易、審理経過、認容額、その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、一五〇万円をもつて相当と認める。
六右五に認定の損害額は、合計四一八〇万一一二四円となるところ、本件事故当時における自賠責保険の死亡保険金限度額が二〇〇〇万円であることは、当裁判所に顕著であるから、右損害について原告が被告会社に請求する二二〇〇万円のうち二〇〇〇万円を超える部分の請求は理由がないことが明らかである。
七最後に、被告Y1の責任について判断する。
原告と被告Y1との間において、被告Y1主張のとおりの本件示談契約が成立していることは、原告と被告Y1との間において争いがなく、〈証拠〉によれば、原告は被告Y1から右示談金四一万円を受領したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで、原告は、本件示談契約は、自賠責保険金二〇〇〇万円が支払われることを前提として話し合われ成立したものであるから、要素に錯誤があるものとして無効である旨主張し、なるほど、〈証拠〉によれば、本件示談契約は、自賠責保険金二〇〇〇万円が支払われることを前提として話し合われ成立したものであることが認められるから、もし、本件において、自賠責保険金二〇〇〇万円が支払われないものであるとすれば、本件示談契約は要素に錯誤があるものとして無効というべきであるが、本件においては、自賠責保険金として二〇〇〇万円が支払われるべきものであることは、前示のとおりであるから、右示談契約について錯誤があつたものとは認められない。
したがつて、原告の被告Y1に対する請求は理由がないものというべきである。
八以上によれば、原告の被告Y2に対する前記損害のうち二二〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日ののちである昭和六〇年九月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は、すべて理由があるからこれを認容し、原告の被告会社に対する本訴請求は、右損害のうち二〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年九月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、原告の被告Y1に対する本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官小林和明)